人の皮膚の再生力

1ヶ月以上前、2018年5月21日に、胸の皮膚の直下にできた腫瘍を切り取る手術を皮膚科で受けた。良性だろうからほっといても悪くはないが、大きくなる可能性はあると言われ、結局とってもらうことにしたのだ。実はそのあたりは、今から40年以上も前、交通事故で深い切り傷を負ったところだ。今から20年ほど前、その傷跡から、二ミリくらいのガラスの破片が見つかって、外科でとったことがあった。その時も、そのガラス片は、黒ずんだ脂肪のようなものでしっかりと覆われていた。体の方で、危ないものを包み込んだのだと思う。また、それと同じように、何か小さなガラスか何か、交通事故の時のものが残っているのではないかと思ったが、腫瘍の原因は医者はわからないという。

良性だという話だが、病理検査の結果は医者からまだ聞いていない(笑)。1センチほどの腫瘍で、術後、取り出されたのを見るとパチンコ玉くらいの脂肪の塊で、あれほど丸っこいので多分ガンとかではないのだろうと自分でも思っている(写真に撮っておけばよかったと後悔している)。医者もガンを疑っているわけではないと繰り返した。

書きたいのはそのあとのことだ。取り出すために15ミリから20ミリほどの横長の傷を皮膚につけた。それを術後、医者が時間かけて縫った。一週間後に、両端を除いて抜糸したのだが、私が、血液サラサラの薬(バイアスピリンとエパデール)をのんでいて出血が止まりにくかったことも影響していると思うが、抜糸したところがまた、パックリと開いてしまった。おょ、という感じである。

医者は、抗生物質の塗り薬、フシジンレオを塗ったガーゼで抑えて、また一週間後来なさいと行ったのだが、じわじわとして出血は止まりそうにない。風呂は、防水の絆創膏で完璧にガードしながら入っていた。それでも、さらに一週間経った頃、粘着性が高まって、痒かったせいもあるが、夜中に絆創膏を無意識のうちにとってしまった。翌朝起きたら、そこが薄いかさぶたになってしまっていた。

それでまた、医者に行ったら、フシジンレオを塗られ、その結果として、かさぶたが溶けて、また、じわじわ出血。おいおい。夜中にまた無意識のうちにそれをとって、朝起きるとかさぶたになる。もう、かさぶたのままにしておこうと思い、医者にもいかずほっておく。すると、かさぶたがしっかり固まり、さらに日にちが立つと、なんだか、だんだん小さくなって行って、最終的に1.5ミリx3.0ミリくらいの大きさになっていた。偏執狂的に、かさぶたを取らないようにしていたのだが、ある日、そのかさぶたがぽとりと落ちると、もう、その下が皮膚のような物で覆われていて、滲み出すものも何もなくなっていた。治ったのだ。

あんな、パックリと開いた2センチ近い横広がりの深い傷(1センチの腫瘍を取り出したのだから)が、治ったのだ。いまの状況は、皆さんは見たくないかもしれないが、露悪趣味で写真をお見せするとこんな感じである。

腫瘍を取り出した後のところは少し黒ずんでいる。まあ、それはそうだろう。空洞にするわけではなく、体の方で、みずから何かを詰め込んだのだろうと思う。しかし表面には、傷跡はほとんどない。パックリ開いてたあの傷はどこに行ったのだろうか、という感じである。

本当に、あのパックリかんと、傷の深さは、治らないのではと思わせたものがあったのだ。63歳の老人だから、そんな再生力はないはずなのだが、皮膚の自己再生能力には驚くばかりである。まあ、化膿しなかったからよかったのだろう。そこは医者の能力である。ありがたい。

私は心筋梗塞の後始末で、血液サラサラを生涯飲み続けなければならないので、手術と出血は、これからもつきまとわれるだろうが、今度のことをよい経験としたいと思う。